D-BlogX

D-BlogX

自分の使用したガジェットのレビューや感想を書くブログです.

【ネタバレあり】ポッピンQは大々的な始まりの物語(感想)【辛口批判】

昨日ポッピンQという映画を見てきたのでその感想を書こうと思います。
まだ一回しか見てないので記憶違い等あるかもしれません。誤った場所へ指摘していただけるとありがたいです。

あと辛口な批判ですので、それでも良いという方のみお読み下さい。
ネタバレもあるのでまだ見てない方で今後見る予定の人は気をつけて下さい。

ネタバレ有り感想

キャラの掘り下げ

純粋な感想としては「結局これはなんだったんだ」という変な感じでした。
簡略化してストーリーを並べると、悩みのある中学三年生の女の子が別世界に行き色々する、という感じです。
ただ尺が足りなかったのか、色々と中途半端な点が多かったです。

まず主人公と沙紀ちゃん以外のキャラの掘り下げがあまりされません。主人公は足を怪我した(という嘘)から本気を出せなかったという理由で同じ部活の仲間の勝利を賞賛できず、むしろ負け惜しみのようなことを言ってしまいます。
そのことをずっと悔やんでいましたが、劇中中盤の橋を渡る場面でパーソナルベストを更新したこと、そして終盤できちんと友人に謝罪できたことで解決しました。

沙紀ちゃんは自分に積極的に接してくれる主人公や必死に練習する他の四人を見て終盤で本音(みんなと踊ってみたい)を出し、メインの5人で楽しく踊れた事でもう一度人との関わりを持とうと思えた。
この2人の成長物語はしっかりと描写されています。

しかし、その他のメンバーの解決理由が少しわかりにくいです。
メイン4人で友情を築き、奇跡のダンスを踊り、敵を倒し、沙紀とも仲良くなり、ポッピン族と時間の流れを救ったら何故か悩みも解決。
もちろんこの経験を通して各々が人間的に成長したというのはわかりますが、現実世界に戻った後の「卒業は終わりじゃなくてスタートラインだ」という旨の語りを聞くと何故その考えに至ったか?というのがわかりません。

とりあえずはなんとなく「あぁ、成長して考え方が変わったんだなぁ。前向きになったなぁ。」というノリで考えてます。
例えば、ポッピン族の世界で上記のメッセージを誰かに説かれる、もしくは当人たちがその考えに至るためのアドバイスを与える描写などを入れたほうが良いのではないかと思いました。

ダンス要素

ダンス自体は非常にいいものでしたし、CGの出来も高かったです。
しかし、バックミュージックとして流れている歌が”踊っているメンバー(声優さん)"のものじゃないんですよ。
メンバーが歌っているのはEDの卒業ソングだけです。

序盤の沙紀除くメイン4人に対してポッピン族が『勇気のダンス』のお手本を見せるシーンがありました。
そこでは”歌なし”の音楽が用いられています。
その後、実際にメイン4人が踊る場面では"歌あり"になっています。

元々ポッピン族に"歌あり"の音源があるのなら、お手本でもそれを流すのが自然です。
しかしポッピン族のお手本では”歌無し”で、主人公達が踊る時は”歌入り”が流れたら当然主人公達の声の歌を入れるべきだと思うのです。

もちろんメインはダンスで、実際に踊っているシーンでもメンバーは口を閉じていたので歌声は誰のものでも絵的な問題はありません。しかし、これらはあくまでも主人公たちが前面となる場面ですし、ポッピン族に伝わるダンスを主人公たちが踊るシーンにいきなり別の場所から歌を持ってこられてもなぁ・・・という感じがしました。

EDのチョイス

上記のようにメンバーが唯一歌うのがED曲です。
しかしこれは卒業ソング、しんみりと感動的なものです。歌自体は非常に良いものですが、チョイスが違うのではと思います。

まずそもそも流れ的にしんみりする場面じゃなかったです。
感動的な卒業式を見せた後ならまだしも、みんなが超前向きになって「よし!今からまた走り出すぞ!」ってときに流されても困惑します。

だったら終盤のポッピン族との別れのシーンや戦闘後の沙紀の羽で主人公を救うシーンなんかの前後に挿入歌として流し、EDにはOPで日常パートと交互のカット割だったCGダンスをフルで流してくれたほうがよかったです。

浅いポッピン族

ポッピン族との関わりが浅すぎじゃないでしょうか。
ポコンと伊純、ルピィと沙紀のペアは多少絡みましたが、他はただ会話するだけです。
関わりがあると言った2ペアについても、伊純はポコンのサボらない姿勢を尊敬する、ポコンは伊純を説教(?)というか窘めるというか、どちらかというと親と子供みたいなポジションでした。

ルピィと沙紀に至ってはルピィは唯の沙紀というキャラクターの解説係です。沙紀単体で沙紀の事を掘り下げるのは尺が足りなかったのでしょうか。
かと言ってルピィと沙紀に何か信頼関係が芽生えて協力するといったシーンもなかったです。本当に最後まで「説明役」でした。

これが唯のマスコットであればいいのですが、問題はポッピン族達は”同位体”でありこの作品の”ウリ”であることです。
そもそも同位体という設定がうまく生かされてない気がします。心が読めるという設定も結局何だったの?と。
沙紀が敵側に就くことに気付かなかったのは何故なんでしょう。

そして何より終盤の感動のお別れシーン。
・・・全然感動しねえよ!!!
特に伊純なんかポコンに抱きついてるけどそんな深い友好関係築けてなかった筈では・・・

きぐるみ族とか未来の沙紀とかなんなんだよ

結局こいつら何だったんですか?未来の沙紀はどうやってポッピン族のところに来たんですか?どうして来たんですか?ていうか未来の沙紀を倒せばきぐるみ族も倒したことになるんですか?
という敵側もあんまりわからない存在でした。一応レノは重要人物らしいです。

友情とは何だったのか

これは個人的に気になっただけのシーンですが、主人公が橋を走り抜けるシーンが有ります。
この橋は脆く、素早く走り抜けないと崩れ落ちてしまう橋です。
成功するためには、主人公が”今まで出せなかったタイム”で走る必要があるという自分の過去と向き合うシーンなのですが、やはり最初は主人公が無理だといいます。

当然です、そのタイムが出せないからレースで負けて、そのタイムを出すために必死に卒業まで練習して、卒業式の前日になっても尚届かないタイムをここで出せと言われたら誰だって戸惑います。

ここで蒼が背中を押します。「ここで諦めて良いのか」と。
いやぁ、感動的ですね。ってそんなわけあるか!!

”走る主人公”と”走らないその他大勢”で明らかにリスクが違いすぎじゃないですか?
主人公は失敗したら橋から落ちて死ぬんですよ?

そりゃ確かに残された人たちも塔に行けず時間が狂わされてしまうという事になりますが、そうなったらそうなったで色々な策を練ったり家族と最後の時を過ごしたりするでしょう?でも主人公はここで死んだらそれすらできないんですよ!!!

そんな状況で他人事みたいに「前向きに〜」とか言われちゃうと「いや少しは心配しようよ・・・」と思っちゃいます。
ここでポコンが伊純を奮い立たせ、やる気になった伊純を蒼やその他女の子が心配ながらも応援するという構図であれば、女の子達とポッピン族との両方の絆を演出できたのでは?という感じがします。

ストーリーは数々の王道の継ぎ接ぎ

ストーリー自体は決して悪くありません。挫折やトラウマを持つ少女たちが友情を築き、試練を乗り越え友情の力で敵を倒し最後は成長してハッピーエンド。このストーリーで外れるわけがないんです。

しかし、なんか既視感を感じませんか?僕はこの映画を見ているときに7回くらい「なんか知ってる展開だなぁ」「なんか流れが読めるなぁ」と思いました。
決して王道を進むことを批判するわけではないですが、どうせならもっと攻めてもよかったんじゃないかと残念です。

上記不満は全て無問題

ここまで色々言いましたが、全部無問題です。
ED後にある予告というか特別映像なるものを見ましたが、めちゃくちゃ面白そう!!!
態々新たなモブを用意してるあたり続編をやる気はありそうです。問題はやりたいかじゃなくてやれるかなんですけど。
今回の映画は、いわば次回作となる本編のための予告編なんです。長い長いプロローグなんです。
そう考えれば、もはや上記の事はどうでもよいのです。それほどまで特別映像は期待できるものでした。

まとめ

なんとなく仮面ライダーディケイドをリアルタイムで見ていた人ってこういう気持ちなのかなぁと思いました。
ここまで言ってなんですがダンスシーンやキャラの可愛さなどは間違いないので見ることをオススメします。

広告を非表示にする